企業型DCの誕生で、退職金制度は何が変わったのか 「会社が約束する制度」から「会社と従業員が役割を分ける制度」へ

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前回のブログでは、1970年代から2000年代にかけて、企業年金がどのように広がり、そしてなぜ大きな見直しを迫られることになったのかをたどりました。

高度経済成長、長期雇用、良好な運用環境。

そうした追い風の中で、企業年金は従業員の老後を支える大切な仕組みとして広がっていきました。

一方で、バブル崩壊後の運用環境の悪化、低金利、退職給付会計の導入によって、企業が将来の給付を約束し続けることの重さも見えてきました。

それまで見えにくかった「約束の重さ」が、企業経営の中でもはっきり意識されるようになったのです。

その流れの中で、2001年に誕生したのが確定拠出年金です。

確定拠出年金法は2001年に成立し、企業型DCは同年10月から施行されました。企業年金連合会も、確定拠出年金法と確定給付企業年金法が2001年に制定され、企業年金制度の選択肢が広がったと整理しています。

今回は、この企業型DCが、退職金制度の中でどのような意味を持つようになったのかを考えてみたいと思います。

企業型DCは、単に「新しい企業年金制度が一つ増えた」という話ではありません。

私は、退職金制度の考え方そのものが大きく変わる転換点だったと認識しています。


企業型DCは、突然生まれた制度ではない

企業型DCは、ある日突然、新しい制度として現れたわけではありません。

前回見たように、そこに至るまでに長い歴史がありました。

元々、日本の退職金や企業年金は、長期雇用と相性の良い制度でした。

会社に長く勤め、定年を迎え、その後の生活を退職金や企業年金で支える。

その仕組みは、従業員にとって安心感があり、企業にとっても長く働いてもらうための大切な制度でした。

しかし、その前提は少しずつ変わっていきました。

経済成長が鈍化し、運用環境も厳しくなり、企業が将来の給付を約束し続ける負担が重くなっていきました。

さらに、退職給付会計の導入によって、将来の退職給付に関する負担も見えるようになっていきます。

こうした中で、企業年金制度は大きな再編を迎えました。

税制適格退職年金は廃止に向かい、厚生年金基金も見直しを迫られます。

その一方で、新しい選択肢として整えられたのが、確定給付企業年金、そして確定拠出年金でした。

つまり、企業型DCは、従来の退職給付制度が抱えていた課題に対する一つの答えとして生まれた制度です。

会社が将来の給付をすべて約束する制度だけでは、環境変化に対応しにくくなってきた。

だからこそ、会社が掛金を拠出し、従業員がその資産形成に関わる新しい仕組みが必要になった。

そう考えると、企業型DCは単なる制度改正ではありません。

退職金制度の役割分担を変える、大きな転換点だったのだと思います。


「給付を約束する制度」から「掛金を拠出する制度」へ

企業型DCの意味を考えるうえで大切なのは、確定給付型(DB)との違いです。

確定給付型の企業年金では、将来受け取る給付額が予め決められています。

従業員にとっては、将来の見通しが立てやすい制度です。

一方で、運用がうまくいかなかった場合には、企業側が不足分を補う必要が出てきます。

これに対して、確定拠出年金は、拠出された掛金とその運用益との合計額をもとに、将来の給付額が決まる制度です。厚生労働省も、確定拠出年金には、掛金を事業主が拠出する企業型DCと、加入者自身が拠出するiDeCoがあると説明しています。

ここで変わったのは、単に計算方法だけではありません。

これまでの制度では、会社が将来の給付を約束する色合いが強くありました。

企業型DCでは、会社は掛金を拠出します。

そして、従業員自身が運用商品を選び、その結果によって将来受け取る金額が変わります。

言い換えると、退職金制度の視点が、

「将来いくら受け取れるか」

から、

「今いくら積み立て、どう育てていくか」

へ変わったのです。

この変化は、とても大きいと思います。

退職金は、会社が用意してくれるもの。

定年になれば受け取れるもの。

多くの人にとって、長い間そういう感覚があったのではないでしょうか。

しかし、企業型DCでは従業員自身も制度に関わる必要があります。

どの商品を選ぶのか。

どのくらいリスクを取るのか。

長期でどう運用していくのか。

退職金が、少しずつ「自分も関わる制度」へ変わっていったのです。


会社の責任がなくなったわけではない

ここで注意したいのは、企業型DCを「会社の責任がなくなった制度」と捉えないことです。

企業型DCは、ときに「自己責任の制度」と言われることがあります。

もちろん、従業員自身が運用商品を選び、その運用結果によって将来の給付額が変わるという意味では、自分で判断する部分が増えた制度です。

ただ、それだけで片づけてしまうと、少し違うように思います。

企業型DCでも、会社の役割は残っています。

制度を設計する。

掛金を拠出する。

商品ラインナップを用意する。

加入者に対して投資教育を行う。

厚生労働省の制度概要でも、企業型DCでは、運営管理機関が提示する運用商品の中から加入者自身が商品を選んで運用すること、また、事業主は加入者等に対して必要かつ適切な投資教育を行わなければならないことが示されています。

つまり、会社の責任は消えたのではありません。

責任の形が変わったのです。

確定給付型では、会社が将来の給付を約束します。

企業型DCでは、会社が制度を整え、従業員が自分の将来に関われる環境をつくる責任が重要になります。

私は、ここが企業型DCを理解する上で、とても大切な点だと思っています。

「会社が面倒を見てくれなくなった制度」ではない。

「従業員に全てを任せた制度」でもない。

会社と従業員が、それぞれの役割を持って将来に備える制度。

企業型DCは、そう捉えたほうが自然ではないでしょうか。


従業員にとって、退職金が“自分ごと”になった

企業型DCの導入によって、従業員にとって退職金の見え方も変わりました。

従来の退職金や確定給付型の企業年金では、従業員は制度の詳しい仕組みを知らなくても、ある程度は会社が用意してくれるものとして受け止めることができました。

もちろん、それが十分だったかどうかは別として、少なくとも従業員が日常的に運用判断をする必要はありませんでした。

しかし、企業型DCでは違います。

自分で運用商品を選ぶ必要があります。

元本確保型を選ぶのか。

投資信託を選ぶのか。

株式や債券の比率をどう考えるのか。

長期でどう見直していくのか。

こうした判断が、従業員自身に求められるようになりました。

これは、制度としてはとても大きな変化です。

退職金が「会社が用意するもの」から、「自分も関わって育てるもの」へ変わったからです。

ただし、ここには難しさもあります。

制度が変わったからといって、従業員がすぐに理解できるわけではありません。

いきなり「運用商品を選んでください」と言われても、何をどう考えればよいのかわからない人は多いはずです。

資産配分。

リスク許容度。

元本確保型。

投資信託。

信託報酬。

分散投資。

長期運用。

こうした言葉を一度に聞いて、すぐに自分ごととして考えられる人は、決して多くないと思います。

企業型DCの難しさは、制度そのものの難しさだけではありません。

退職金という、これまで会社任せに近かったものを、従業員自身が自分の将来として受け止める必要があること。

そこに大きなハードルがあります。


制度が広がるほど、「伝わる支援」が必要になる

ここで、企業型DCが今どのくらい広がっているのかを見ておきたいと思います。

厚生労働省が公表している企業型年金の推移を見ると、企業型DCの実施事業所数は、2021年3月末の39,081事業所から、2025年3月末には58,326事業所まで増えています。加入者数も、2021年3月末の約750万人から、2025年3月末には約862万人まで増えています。

もちろん、これは「導入社数」と完全に同じではなく、統計上は「実施事業所数」です。

ただ、それでもここ数年で企業型DCが着実に広がっていることは確かです。

この数字を見ると、退職金制度の歴史の中で、企業型DCは既に特別な制度ではなくなりつつあるように感じます。

一部の企業だけが導入する制度ではなく、これからの退職給付制度を考えるうえで、避けて通れない制度になってきています。

しかし、ここで大事なのは、制度が広がることと、従業員に届くことは同じではない、ということです。

実施事業所数が増える。

加入者数が増える。

制度としての存在感が大きくなる。

それ自体は、とても大切なことです。

ただ、加入者が制度を理解し、自分の将来に関わるものとして受け止め、適切に活用できているかどうかは、別の問題です。

むしろ、企業型DCが広がれば広がるほど、必要になるのは「伝わる支援」ではないでしょうか。

制度を入れるだけなら、手続きの話です。

しかし、制度を機能させるには、従業員が理解し、考え、行動できる状態をつくる必要があります。

ここに、DCコンサルタントの役割があるのだと思います。


DCコンサルタントは、制度を“自分ごと”に変える人

企業型DCの説明は、制度概要だけならできる人は多いと思います。

法律上の仕組み。

掛金の考え方。

運用商品の種類。

受取方法。

税制上の取り扱い。

もちろん、それらを正確に伝えることは大切です。

ただ、制度を正確に説明することと、相手が理解して動けることは同じではありません。

従業員にとって大切なのは、制度の細かい用語を覚えることではなく、

「これは自分の将来に関係する制度なのだ」

と受け止められることです。

企業にとって大切なのは、制度を導入したことで終わるのではなく、

「従業員が理解し、活用できる状態をつくること」

です。

ここに、DCコンサルタントの役割があります。

制度を難しいまま伝えるのではなく、わかる言葉に噛み砕く。

制度の背景を伝える。

会社と従業員の役割を整理する。

従業員が自分の将来と結びつけて考えられるようにする。

これは、単なる制度説明ではありません。

制度を、相手の意思決定に届く形へ変える仕事です。

企業型DCは、会社と従業員が役割を分ける制度です。

だからこそ、両者をつなぐ人が必要になります。

会社には、制度をどう整え、どう運営していくかを伝える。

従業員には、自分の将来にどう向き合えばよいかを伝える。

その間に立ち、制度を“自分ごと”に変えていく。

私は、そこにDCコンサルタントという仕事の意味があると思っています。


退職金制度の歴史は、これからDC中心の時代へ向かっていく

今回まで、退職金制度の歴史を何回かに分けてたどってきました。

江戸時代ののれん分けのような慣習から始まり、戦後には生活保障としての退職金が広がりました。

高度経済成長の中で退職一時金や企業年金が整い、企業が従業員の老後を支える仕組みが強くなっていきました。

その後、バブル崩壊や低金利、会計基準の変化によって、企業が将来の給付を約束し続けることの重さが見えるようになりました。

そして2001年に、企業型DCという新しい仕組みが登場しました。

この流れを見ると、退職金制度はずっと変わり続けてきたことがわかります。

会社が一方的に報いる制度。

生活保障としての制度。

企業が将来の給付を約束する制度。

そして、会社と従業員がそれぞれの役割を持つ制度。

時代が変わるたびに、退職金の意味も変わってきました。

これからは、ますます企業型DCを中心に、退職給付制度を考える場面が増えていくのではないでしょうか。

もちろん、DBや退職一時金がなくなるという意味ではありません。

それぞれの制度には、それぞれの役割があります。

ただ、企業型DCの実施事業所数や加入者数が増えていることを考えると、退職給付制度を語るうえで、企業型DCを避けて通ることはできなくなっています。

そして、企業型DCが広がるほど、問われるのは制度の有無だけではなくなります。

制度があるか。

それだけでは足りません。

従業員に届いているか。

理解されているか。

活用されているか。

会社の制度として、きちんと回っているか。

ここが問われる時代になっていくのだと思います。


おわりに

企業型DCの誕生は、退職金制度の歴史の中で見ると、単なる新制度の登場ではありません。

会社が将来の給付を約束する制度から、会社が掛金を出し、従業員が自分の将来に関わる制度へ。

退職金制度の考え方が、大きく変わる転換点でした。

もちろん、それは会社の責任がなくなったということではありません。

会社の責任は、将来の給付を約束する責任から、従業員が制度を理解し、活用できる環境を整える責任へ変わりました。

そして従業員にも、自分の将来に関わる役割が生まれました。

この変化を「自己責任」という一言で片づけてしまうと、本質を見誤るように思います。

企業型DCは、会社と従業員がそれぞれの役割を持って将来に備える制度です。

だからこそ、制度を正確に説明するだけでは足りません。

その制度がなぜ生まれたのか。

会社と従業員にどんな役割があるのか。

そして、従業員自身の将来とどうつながっているのか。

そこまで伝えてはじめて、企業型DCは“自分ごと”になっていくのではないでしょうか。

制度は、難しいままでは届きません。

けれど、背景を知り、意味を整理し、わかる言葉に置き換えることで、少しずつ届くものになります。

退職金制度の歴史をたどるシリーズは、今回で一区切りにしたいと思います。

ここまで見てきたように、退職金制度は時代に合わせて形を変えてきました。

そしてこれからは、企業型DCをどう導入するか、どう運営するか、どう従業員に届けるかが、ますます重要になっていくはずです。

企業型DCを、単なる制度ではなく、企業と従業員の将来を支える仕組みとして伝えていくこと。

その役割を担えることに、DCコンサルタントの価値があるのだと思います。